温まるおしごと

2020年11月12日

わたしにとって精神保健のおしごとや、相談支援(教育も含めて)のおしごとは、とても楽しくて、充実感のある時間です。あったかくなる。

昨日のお仕事(精神系)で、メンバーさんから、愛情があふれている感じがするって言われたんですが……それは愛情じゃなくてたぶん「愛」です。生きるちから。

一緒に生きるというか、わたしと一緒にその場にいるメンバーさんとの間で愛の循環がまわるからそんな感じがあるんだとおもいます。お互いに開いていると、その場で生きるエネルギーが循環するので、無理して疲れる人が誰もいないんですよね。元気になります。

なので、そのような場、そのようなエネルギーがまわるあったかい空気をつくることはとても大事。

わたしは、地球に暮らす人間の意思と行動、それが編まれて構成される社会の精神性に関心を寄せてきました。あるていど答えがみつかった現在も、相変わらずそうです。関心がつきることはありません。

一つ前の記事で「宇宙人になった」って書きましたけれど、考えてみれば、もともと、研究者としてそういう宇宙っぽい視点で生きてきているようにおもいます。
要は、昔からちょっと浮世離れしてるということですね。わたしに身近な人たちは、そんなわたしをよく知っています。

ところで……

精神保健活動とか、精神保健の相談支援というと、精神科的になにがしかの診断・治療をうけている人への支援や、依存症や自死の予防のための支援を思い浮かべる方が多いようですね。実際、保健師養成課程の教科書をみても、そんなテーマが中心を占めています。
でも……
わたしが精神保健って言っているのは、人間が人間として生きるための精神全般の支援です。

ですから、教育も、会社で働いている人のサポートやワークトレーニングなんかも、家族のサポートも、ぜんぶ射程に入っています。人間の身体と精神は分けられませんから、わたしが言っている精神保健の支援は、純粋に、人が生きるための支援だとおもっています。

支援の対象は、個人から、集団まで。この認識には、もともと行政の保健師だったのが生きていますし、働く人のメンタルヘルスを人事管理にも近いスタンスで研究してきたキャリアが生きてます(個々が健康・元気で生産性もあげられる職場風土の研究をしてきました。風土は組織の精神ですよね! 管理者研修ではいつもこのあたりのことをお話ししています)

個人の世界観を支えるときは、やっぱりその人だけの一話完結の人生を大事にしたいなっておもいます。
一話完結の人生のストーリーを構成していくときに生じるのは、この自分を生かす、この自分自身を生きるには、どうしたらいいんだろう? の問い悩み。自分には、自分自身を照り返してくれる他者との関係性が含まれていますから、色々悩むわけですよね。本当の自分はどうしたいんだろう? というのもわからなくなってしまうんです。
 
「生きる上での悩みをのりこえるためにどうしたらいいか独りで考えるのはしんどい。だから、わたしでよかったら生きた壁になって伴走するよ!」そんな感じでしょうかね……支援者という立場をとるわたし自身は。精神の居場所は人と人との間に生まれるので、独りは厳しいんですよ。

変な表現ですが……なんか助産師になった気分(笑)
未来の精神の誕生(生まれ変わり? リニューアル? )を助ける助産師! って言ったら、かっこよすぎでしょうか!?(笑)

生物学的には男性はお産しませんけど、精神の生まれ変わりは、性別関係ありません。
精神の生まれ変わりにも、産みの苦しみというものがありますから、それに立ち会う、支える……男女問わず、関われます。地球に迎えられた生命の輝きに磨きをかけるようで、たのしいです。温まるおしごとですね。

まぁ、生まれ変わりという表現が適切なのかどうかはわからないのですが……

長く生きていると、しがらみのない人間関係の中で、本当の自分を掘り出したくなる時期というものがありますよね。

わたし自身、何度かそんな時期を経験してきました、大なり小なり……。もっとも大変だったのは最後の研究を手掛けたあとのことで、つい最近なのですがね。

なかなか、伴走者になる安全な他人っていないものです。それが実感ですね。
だから……
自分がなろう! そう思ってます、わたし😊
 
とくに、支援者という立場をとる方たちが、それぞれの生きる場所で「誰かの精神の生まれ変わりのとき」を支えられるように……
その方法を非言語的に体験的に学べる場所をつくりたいです。言語や思考で学べるものではありませんから。

つまり、支援者自身が、安全な他人とともに、生まれ変わりの時を過ごす経験ができる……そんな場があったらいいなとおもいます。ありそうで無いんです。

常に利害関係のある場、常に立場上の情報管理や立ち居振る舞いに関する要求を意識しなければならない場が大半です。
自由に、遊ぶように、呼吸するように、精神を育める(学べる)場は、なかなかありません。

支援者も人間です。そして、支援の質を高めるには、人間力を使うことがどうしても求められます。支援者の精神が、いわゆる「業務」ですり減ってしまうようでは、対象者が本当に良質な支援を受けることはできなくなってしまいます。

支援者にも、ひとりの人間として、自由に精神を羽ばたかせ、成熟する場が必要なのです。

場は、他者との関わりによって構成されていきますから、支援者にも支援される経験が必要だということなのです。

もしも、そんな経験ができたら……

きっと、人を生かすための支援って、その人とともにあるその時その場を、自分自身として生きることなんだなって、経験的に覚えるというか、感得するんだとおもいます。

色々な人と自分自身として生きて行く(難しいけれど、そのように生きて行こうとする)って、常に、自分が成熟して器を大きくしていくことなんだよな……っておもいます。終わりがないし、いつも新しい。いつもチャレンジです。

そんなことが楽しく語れて、辛いことも笑って流せて、ともに生きられる……そんなコミュニティをつくりたいね……そうおもいます。
どうやったらつくれるのかな? 最近、そんなことを考えています。

人間も宇宙からみれば宇宙人! クラスターを経験した事業所の皆さんの声をお聴きして思うこと